
月刊『俳句』1月号は俳壇を牽引する大御所の新年詠を掲載している。そのなかから特殊なことに走らず普遍的に詠んでいて気に入った何句かをピックアップする。
門も垣もなくて丸餅四角餅 正木ゆう子
「門も垣もなくて」は「剣客商売」の秋山小兵衛の住むような田舎家。そのことと「丸餅四角餅」は理屈では関連がないがいろんな餅を食べて楽しんでいることと解放感のある住まいとが細い糸で引き合う。これぞ配合の句の奥行。
年玉や口は生意気眼は無邪気 西村和子
年玉の句はむつかしいが、口と眼でコントラストをつけた子供像はリアル。
金華山鯨のごとく波間より 高野ムツオ
「波間より」の後、「来たる」ないし「現れる」を思いたい。金華山という響きのよさが鯨という比喩を生かす豪放な出来。
地下道の窮鼠に従(つ)きて聖夜かな 中村和弘
中七の「窮鼠」がキーワード。「従きて」も味があり、さらに聖夜で飛躍させた小気味よさ。
夕闇に白鳥残し山湖去る 大串 章
要するに夕方山の湖を後にしたということに過ぎないが、言葉の斡旋で味を出した。白鳥も湖もしかと静かに見えるのがいい。
福藁や雀の声のして見えず 今瀬剛一
「福藁」は、庭などに清らかな藁を敷くこと。小生の茅葺の実家でよくやった。「雀の声のして見えず」は実直。藁の厚いところに雀がいるか藁の向うにいるかして、声だけ聞こえるのである。季語を存分に生かした付け方。
春着には色なき色の帯を選る 宇多喜代子
春着本体は色も絵柄も鮮やかであろう。ゆえに帯を「色なき色」で併せる。それは白を基調にして黄みがかっているのか青みがかっているのかなどあれこれを想像する楽しさ。
松籟と大海原と初鴉 星野 椿
防風林の松林の向うの青い海。そこに配した鴉。3点セットのバランスの良さ。
昭和史の始めに生まれ日短か 柿本多映
境涯を詠んだ句がそう好みではないがかように事実に即して自分を突き放している潔さ。
「日短か」に先の短いわが人生という趣がある。
初日いま真白き山の上とほる 長谷川櫂
日がいまとほる、なんて悠長なことはない。光速なのだ。太陽が通っているという印象がありそれがおもしろいのである。リアリズムを越えた摑みかたにメルヘンがある。
深海に噴く熱水や去年今年 小澤 實
この素材は小生も句にしようとしてできなかった。「熱湯」でもない「熱水」なる言葉の発見がこの句をなさしめたすべて。堂々とした詠みっぷり。
写真:わが家から見た東方