
小川軽舟鷹主宰が「鷹」3月号に「谷越しに」という題で発表した12句を山野月読と合評する。山野が○、天地が●。
自由席窓辺に移る春着かな
●さりげなく気張らずに巧い作者の面目躍如の句。空間をたっぷり見せることで春着の華やかさを際立たせています。
○自由席というのですから、特急か新幹線のはずですが、混んでいる感じはしません。窓際の席が空いたからではなく、窓辺に移りたくなるような景色か光が現れたんじゃないかな。
●見逃しやすいところを掬い上げますね。
背伸びして釘打つ鴨居小正月
○背伸びというのは、俳句的には割りと好まれる動作ですね。何を吊るすための釘だろう?時間をもて余してきた感じですかね。
●そうだね、「背伸びして」は類型的。この句はそうぱっとしないなあ。
冬萌や巻きスカートに光るピン
○光るピンを見せることで、冬萌の芽そのものが輝いているようです。
●女性の服装のこんなところを見て句にするセンスは凄い。季語も新鮮。
○巻きスカートを留めるピンですから、ピンの大きさも想像できますね。
分譲地尽きて冬木の栗鼠速し
●まだ建物はない敷地か。後ろは山か丘陵で木々があらわ。栗鼠が走るのが開発で追われているように見える。
○分譲予定の開発地からは見えるけれど、冬木そのものはその外側にあると思います。
先日、読んだ主宰の「森出でてなほ林ある鹿の子かな」の逆からの視点ですね。
●そうそう、その句の逆の視点。人のやらないところに切り込んでいて好感を持ちました。
蠟梅や日当たりのよき父の床
○床にいる時間の長い状態なのでしょうか。だとすると、日当たりの良さは気になりますし、蠟梅が望めることもとてもよいですね。
●気持ちいい内容で父上も元気そうですね。
われ小さし大寒の日のまばゆさに
●大自然ないし月や星に対して自分が小さいという意識はそう珍しくはないが、「大寒の日のまばゆさに」にちょっとした意外性がある。
○季語からの「大」に、「小」を配合したレトリックだと思いますが、それで終わることなく「大寒の日のまばゆさに」までもっていくんですから凄いなあと思わざるを得ません。
●気張っていないからこそ軽くて読み手を落ち着かせる。人柄がじんわり出た句だね。
梵鐘にのつぺらぼうの氷湖かな
●句の作りはまるで単純。要するに結氷した湖の上を鐘の音が流れているわけだ。
○氷った湖を「のつぺらぼう」とは単純にして見事な譬。氷湖の色や光沢が想像されます。夕刻ではなく、正午の鐘かな。
●正午でも夕方でもいいけどすかっとした景であるし心境だね。
○くどいようですが(笑)、夕刻なら氷湖の色を言いそうに思うんですよね。
見上げたる闇透明や冬銀河
○本来は「見上げたる」対象が「冬銀河」だと思うのですが、それをずらして「闇」とした面白さ。「闇透明」というのも、言えそうで言えないなあ、卓見です。前の「のつぺらぼう」の句とこの句が今回の中では最も好きです。
●まさに「闇透明」が眼目。理屈をいうと闇だから透明じゃない、でもそういうことが俳句は許されると信じている作者がいる。理屈っぽいぼくはそこで負けてるわけ(笑)。ぼくも今月の12句の中でスケールといい感覚といいナンバーワンだと思う。
湯豆腐や手拭配る祝ひ事
●こういう材料もう詠まれていないかなあ、昭和より以前に。半世紀前の生まれ育った村の儀式を感じてならない。
○確かに、ここまで見た句に比べると、スルーしちゃいそうです(笑)。俳句には、ファッションみたいなリバイバルはないのですか?
●リバイバル…あるねえ。うんと昔流行った言葉が生き返ったりする。
橙の木に橙や孔子廟
●この孔子廟はどこかなあ、東京だと湯島聖堂。行ったことはあるが橙があったかまるで記憶がない。長崎、沖縄にもあるらしい。橙だから南方か。
○私が知っている孔子廟といえば論語のまち、佐賀県多久市の聖廟ですね。孔子の教えが代々受け継がれているという俗な読みもありますが。
●場所はともかくこの句はリフレインで孔子を寿いでいます。
○そうか、リフレインですね。
裸木の幹に苦悶のあらはなり
●今月の主宰の句でいちばんぼくの感覚から遠い句。ぼくは冬木の幹を苦悶と感じない。裸木は日をよく受けて輝いているから。
○私も「苦悶」を感じたことはありませんが、この句では「苦悶」の布石として単に冬木ではなく「裸木」としているのでしょうね。キリストを思い浮かべてしまいました。
●俳句は感覚だから読み手がのめるのめないは仕方ないことだね。
谷越しにニコライ堂や寒日和
○お茶の水界隈ですね。ここで言う「谷」とは聖橋等の架かる神田川だと思いますが、日頃、アレを「谷」と言われると確かに谷なんですよね。地形の深みを言うことで冬晴の空にも奥行きが生まれるようです。
●そう、あれは言われれば「谷」だ。冒頭の「谷越しに」で成り立たせた句。俳句ってどこか一箇所光ればいいという見本のような句です。
○私なんかは、光らせたいところがあると、それを下五にもってきたくなるんだけど、上五に据えて潔いですね。