
句会におのおのの短冊が並ぶとき興奮する。それがある対面句会はうきうきする。「鬼が出るか蛇が出るか」は恐ろしいことの予感であるが若干それに似た思いがある。
よって俳句は座でやるのが一番である。むろん一人でコツコツやっていいし、句作はまさに孤独でなくてはできないのだが、やはり人がどんな句を出してくるドキドキする座は得難い場所である。
その人のナマなもの、ほんとうのものが如何なく現れてしまう。ぼくはどの句会でもそのときのベストを出すようにしている。それは人もぼくのように人に期待していると思うからである。
いつかそうとう名前の聞こえている人と句座を共にしたことがある。見た瞬間採れる句が目白押しで選ぶのに苦慮するだろうとうきうきした。ところが選ぶ数だけ採りたい句がなかった。彼が働いていれば採れる句があるはずなのだ。手抜きしたと思った。俺を低く見て佳句を控えたのか、馬鹿にするなよ、という思いであった。
それもあって先生と言われる人はほんとうに俳句がうまいのか、という疑問をもつに至った。
そういう思いで吟行に誘ったのが木村定生である。
彼とは3回俳句甲子園神奈川大会において審査員をつとめた。あの場でぼくも木村も高校生からみれば「先生」であった。審査しながら高校生たちは、先生ってほんとうに俳句がうまいのかな、と思うのではないか。審査しながらほかに審査員をそう見ていた。
当時木村は結社に所属していなかった。ほかの4名はみな結社に属していた。一匹狼がどうやって認められて審査員に起用されたのか。それも木村に興味を持ったゆえんである。
木村は稲城市に住んでいたので冬の東京競馬場吟行にはすぐ来た。
卓上に短冊を並んだときうきうきした。あのとき木村の句を3句採り、やはり審査員は俳句がうまいんだと嬉しくなったが、木村は俺の句を1句も採らなかった。この野郎と思って秋にリベンジマッチを吉祥寺の池でやった。このとき木村の出来が悪くて(本人はそう思っていないかもしれない)1句も採れなかった。別の意味でこの野郎と思った。俺は期待していたんだぞ、という思いであった。
以後、彼とは毎月ひこばえネットで句会をやっている。
句会は自分の句に点が入ると嬉しいが、とにかく人のいい句をたくさん見て選ぶのに苦慮したいのである。野球で三番、四番と思っている人が振るわないとがっかりし八番打者がホームランを打つと嬉しくなる。
句会は人に期待する場所である。